The gift and power of emotional courage 3/3

前回の2からの続きです。

10:39 では、どのようにして硬直さを取り除き、「感情の敏捷性」を取り入れることができるのでしょうか?あの空白のページから学んだ幼かった学生の頃、私は自分が経験すべきだと思っていた諸々の感情を捨て始め、その代わりに、心の中にあるありのままの痛み、悲しみ、喪失感、後悔など、実際に感じているものに対して心を開き始めました。

10:57 感情の抜本的な受容は、たとえそれが混乱していて難しいものであろうと、回復力、たくましい成長力や成功、また、真の幸せの基軸になることがリサーチでわかっています。しかし、「感情の敏捷性」は、感情の受容よりも深いものです。私たちは「正確性」も重要であることを知っています。私のリサーチでは、言葉はとても本質的で重要なものだということがわかっています。私たちは常に簡単に自分の感情にラベルをつけます。「私はストレスを受けている」はよく聞く言葉です。しかし、「ストレス」と「失望」、または「ストレス」と「わたしは自分に合わない仕事をしている」との間には雲泥の差があります。私たちが自分の感情に正しいラベルをつけることさえできれば、自分の感情を引き起こさせた正確な原因を識別することができます。科学者が呼ぶところの我々の脳の中の「準備電位」を有効にすれば、確固たるステップを踏む出すことができます。どのステップでもというわけでなく、我々にとって正しい方向性のステップです。それは感情がデータとなるからです。

12:09 私たちの感情は、私たちが気に掛ける物事に対してライトを点滅させます。私たちは私たちの世界に関係ない事柄に関しては強い感情を持ちません。もし、ニュースに激しい怒りを感じるとしたら、その怒りはサインです。おそらく、あなたが公正さに価値を置くというサインでしょう。そして、その方向性にあなたの人生を形作るための実際のステップを踏みだす機会になります。難しい感情に正面から向かったときに始めて、私たちは価値観に伴った反応を作り出すことができます。

12:41 しかし、そこに重要な警告があります。感情はデータであって指示や指令ではありません。私たちはそこに立ち会って、ただそのあるがままの感情を掘り出すことができます。それらに耳を傾ける必要はありません、ただあるがままの姿に向かい合うだけです。まだ赤ちゃんの妹にイライラした息子のそばにいてあげるように。でも、それは決して、ショッピングモールで最初に会った人に妹をあげてしまおうという彼のアイデアを後押しするものではありませんが。

13:03(笑い声)

13:04 私たちは自分の感情を所有しています。感情が我々を所有しているわけではありません。自分の全ての常識と分別をもってどのように感じるかと、実際に自分がとる価値観に即した行動との間の違いを、内在化して自分のものにできたときに、自分の感情を通して最高の状態の自分自身を実現する道を作りだすことができます。

13:24 それは実際にどのように見えるのでしょうか?強く、辛い感情を味わっている時、感情のはけ口を探さないでください。あなたの心の日記に現れるその輪郭を学びとりましょう。その感情が何を言いたがっているか?「私は怒っている」「私は悲しい」というように「私は」と言わない様にしてください。あなたが「私は」と言うことで、それはまるであなた自身がその感情であるように錯覚させます。あなた自身はあくまで「あなた」であるのに対して、感情は「データソース」です。その代りに、その感情が「何であるか」を認識するようにしてください。たとえば、「私は、私が悲しいと感じていることに気づいている」「私は、私が怒りを感じていることに気づいている」と。これらは、私たちにとっても、私たちの家族にとっても、私たちのコミュニティにとっても、とても大切なスキルです。また、職場においても決定的に重要なスキルです。

14:07 私の研究で、何が人々を最高な状態で働かせることができかを調べたときに、その強力な要因を見つけました。それは個別化した考慮・考察です。人々が真実の感情を感じられるようになると、仕事へのエンゲージメント、創造性、革新が組織の中で溢れ出します。多様性とは人々のことだけでなく、人々の内側にも感情の多様性が存在します。最も敏捷性・機敏性があり回復力のある個人、チーム、組織、家族、コミュニティは人間の通常の感情に対してオープンであることを土台として築かれます。それは私たちに「私の感情が言いたいことは何なのか?」「どのアクションが私の価値観につながるのか?」「どれが私の価値観に背くのか?」という質問を可能にさせます。「感情の敏捷性」とは、好奇心と思いやりと、特に価値観に繋がったステップを歩む勇気とともに、自分の感情に寄り添うことができる能力です。

15:07 私が小さかった頃、死というものの恐怖で眠れなくなることがありました。父はキスをしてやさしくなだめてくれました。父は決してうそはつきませんでした。「私たちはいずれ死ぬんだよ、スージー」「死を怖がるのは自然なことだよ」と言い、決して私と現実の間に衝撃を和らげるための緩衝材を置くようなことはしませんでした。父がそのような夜を通して私を導いたそのパワーを理解できるようになるのにはしばらく時間がかかりました。彼が示したものは、勇気とは恐怖を持たないことではなく、恐怖とともに歩いていくことです。私たちのどちらも、それからわずか10年ほどで、彼が亡くってしまうとは知りませんでした。私たちが過ごしたその時間はとても貴重で大切であり、また、とても短かいつかの間のものでした。我々のもろさに直面する時が来たとき、その究極の瞬間に、我々は問われます。「あなたは敏捷ですか?」「あなたは敏捷ですか?」。無条件の「イエス」を応えてください。一生を通して行われる心との交流から生まれる「イエス」を。自分自身を見つめることで、他人を見つめることも可能になります。それが、脆く儚く美しい世界へ持続性をもたらす唯一の方法です。

16:36 サウボナ。ありがとうございました。

おしまい!

チェックのために読んでいて思いましたが、まさにこれが以前エニアグラムを通して体験したことだなと思いました。

生きるのがとても楽になります。

長々とお付き合いいただきありがとうございました!

 

 

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